シリアの思い出

 その旅をスタートさせて三ヶ月目。ドイツ、オーストリア、チェコハンガリークロアチアセルビアモンテネグロルーマニアブルガリア、トルコ。以上の国々を経由してシリアに入国した。
 ゲルマン民族による中世のゴシック建築立ち並ぶ中欧の街から、イスラムの香りほのかに漂うトルコのエキゾチックな地方都市。それまでの景色や人種や食や空気の変化は、淡いグラデーションのようだったが、砂埃舞う黄土色の大地にて国境を越えた途端、全てが一変したように感じた。これがアラブ世界、イスラム世界というものなのか。
 ひとことで言う。男臭え。
 私は頭を丸刈りにして口周りにミクロゲンパスタを塗り込みカンタベリーのラガシャと短パンを羽織り、絶叫した。
「シリア、マジたまんねえッス! 俺のパンティの下はもう、限界トロトロっス!」
 シリアに対抗して自分の持てる想像の力限りに男臭くしてみたのだが、どうやらゲイ業界に長く居過ぎた結果、男臭さの解釈がとんでもない方向(しかも多少古い)になってしまった模様だ。
 シリアの男臭さはそんなチクロまみれの人工的なものではない。ガッチリあるいはでっぷりした体格に浅黒く濃ゆい顔立ち。髭率100%。昨日までいたトルコの男たちの一部を凝縮してクリーム層として取り出したような、とろり濃厚な野郎どもなのだ。そんな男たちの多くはガラベーヤという白いアッパッパみたいなアラブ特有の民族衣装に身を包んでいるのだが、これがまた、手足の細さなどのマイナス面は隠してくれるのに胸板の厚さや腹周りの豊かさは強調してくれてさらに素材が下着同然のぺらっぺらという、デブ専ホモにとっては六尺やケツ割れやチャイナドレス以上にソソる有効なユニフォーム。そしてそのガラベーヤの胸元からは、体毛と体臭がとめども無く溢れている・・・
「シリア、マジたまんねえッス! 俺のブラジャーはもう、はち切れそうッス!」
 私のサッカリンめいた叫びは誰にも受け止められることなく、シリア国境の町、アレッポの雑踏の中にかき消えた。
 
 今までの少ない旅行経験からすると、これは南部タイからマレーシアへ移動した時の印象に似ている。マレーシアに入国した途端、イケる男が激増したのだ。タイとマレーシア、地続きの半島で人種ががらりと変わるわけでも無いだろうに。思えばその街も、イスラムが国家宗教のマレーシアの中でもひときわムスリム色の強い場所だった。イスラム教においては同性愛行為が禁じられていることは有名だが、男女間に対しても厳しい。婚前交渉などとんでもない。ある程度の年齢になったら男女間の関係は全くカジュアルなものでは無くなり、男は男だけの世界へと突入する。もちろん、同性愛行為は禁止されたまま。その男空間のなかで彼らの男の性は練りに練られてその濃度を一層高めるに違いない。見る限り、シリアの男の子供は皆、愛らしい美少年的風貌なのだが、今はそんな中性的な彼らも、ムスリム特有の魁!男塾にて鍛えられた挙句、ゴツくて毛むくじゃらでいかついオヤジへと変貌してしまうのだ。
 シリアではそんな暑苦しいオヤジ同士が、手を繋いだり腕を組んだりしている光景を良く見る。
「アチチだ! コニタンとユッコを思い起こさせるほどにアチチだ! 皆さん、ご注目! ここにソドミィがいますよ!」
 日本に限らず、アラブ諸国以外の場所だと思わず指さしてそう絶叫してしまうところだが、つまり「ゲイ」とか「同性愛」とかいう概念が最初っからまるっきり存在しないからこそ、こんなことが堂々と人前でできてしまうということなのだろう。
 というわけで、通行人8割がイケてしまうほどのシリアの男連中を前にして、私はどうすることもできなかった。ささやかな楽しみは、公衆浴場であるハマムにてシリア男の上半身の裸を眺めることと、イスラムのお寺・モスクを見学する際、お祈りを捧げる男たちの尻を視姦することだった。床に上半身をひれ伏す際、ガラベーヤの白く薄い生地に、はっきりと下着が浮き出るのである。シリアの男たちはブリーフ着用率が高い様子だった。私はそのうちアラーの神に祟られるに違いない。一生無職とか。
 
 シリア中部、乾燥した大地を流れる川沿いに発展した、とあるこぢんまりとした地方都市。一通り観光も済んでヒマな私は、いつものようにその町のハマムへといそいそ赴いた。地球の歩き方にも掲載されていた、その町唯一のハマムである。一目見て躊躇した。それまでシリアで体験したハマムのどれよりもぼろかった。灯りもろくについていない。普段なら止めとくところだが、仕方なく入場したのは、それまでヒマげに煙草を吹かしていた一人きりの従業員の熊オヤジが、門の前で途惑っていた私の姿を見つけて慌てて「営業中だ、入れ入れ」と嬉しそうにジェスチャーしてきたからであり、決してそのオヤジが好みだったからというわけではない。
 客はもちろん自分だけ。片隅に蜘蛛の巣が張る部屋で着替えを済まし、裸に腰巻きという姿になると、先のオヤジが私と同じ格好で現れて「マッサージはどうだ?」と訪ねてきた。まるで受付のおばちゃんがそのままステージに上がる場末の温泉ストリップ劇場である。
 埃だらけの薄汚れた大理石に恐る恐る寝そべると、小さなゴキブリの死骸が視界に入る。プレッシャーと下心と値段の安さから安易な選択をした自分を多少後悔した。ゴキブリに気を取られて、マッサージを受けながらも、オヤジの腰巻きの下、自分の左手の先に何やら柔らかいものが当たるのにも気付かなかった。最初からまるっきり何も期待してなかった私は、とっさに「悪いな」と手を移動した。得体の知れない柔らかいものもそれに合わせて移動する。そこでいきなり熊オヤジの腰巻の中に顔を突っ込んだ私も大人げないとは思ったが、ぱっくり開いたお口の上空から、イスラム特有のどす黒いズルムケちんぽがUFOキャッチャーを思わせる速度でゆっくり下降してきた。
 チンポをしゃぶりながらデジャブを感じたが、そういえばシリアに入る前、トルコのアンカラでも似たようなことがあった。しかしあれはハッテン場ハマムの三助によるチップ目的の行為であり、珍味としての味わいは比べるまでも無い。日本では残飯ばかり漁っていた私は、久々のゴチソウに、フェラマシーンと化した。滅多に無いことだが、正直書くと、二回口の中に出された。ごめん。
 全て終わり、摩擦熱でタラコ唇と化した私に、その熊オヤジはひとこと言い残した。
「やっぱり、女のほうがいいな」
 シビレた。女の代用品として弄ばれた俺。その価値があった俺。そのオヤジと自分にウットリして、その残像でシリアにいる間はズリネタには困らなかった。
 
 二週間後。ヨルダンの安宿で久々に日本人と会話した。いきがって髭を生やしているが、アラブ男の中ではどうにもよわっちい華奢で色白な大学生。彼にシリアの印象を尋ねてみた。
「物価も安くていい国だったけど・・・セクハラされまくりでしたよ! 特に○○のハマム! 歩き方にも載ってたから軽い気持ちで行ったら、三助のオヤジにレイプされかけましたよ! 『日本人は男でもすぐにやらせる』って言ってましたよアイツ! 信じられませんよ! いったい誰だよそんな前例作った日本人のホモは!」
 申し訳ない・・・。私は、心の中でひたすら詫びていた。