バルセロナにて

 ゲイであることをエンジョイしているリア充オカマどもに恨みを抱くのが常の私が、スペインのゲイ・フレンドリーなリゾート・シッチェスにて、こともあろうにおだやかな気分になったのはなぜだろう。
 シッチェスでゲイの存在は、ほとんど空気のようなものだった。ノンケvsゲイという対立構造がまったく無いためである。「ボクらのハッピーゲイライフ!」(注:筆者は日本のゲイ情報について10年ほど時が止まったままです)と声高にアピールするクソオカマの中にあっていつも徹底的にスルーされる私は、「私だってここに存在しています!」と、イカニモへの誹謗中傷のシュプレヒコールでアピールするしかなかった。しかし、シッチェスでゲイは空気。イカニモも空気。いつも空気のブスも当然空気。まあ爽やかな空気と屁のような空気の違いはあるが、同じ空気どうしで肩肘張らずにリラックスできたのである。
 なぜそんなことを分析しているのかと言えば、今現在の私が、熊系クソオカマのまっただ中で、完璧に空気と化していたからだ。
 シッチェスに行った日の夜、私は解放的な気分のままうっかりNEW CHAPSというバーに行ってしまった。バルセロナのゲイエリアとはちょっと離れた、新市街にポツンとあるレザー&熊系バーである。シッチェスから引きずったいい旅夢気分のまま大山のぶ代ばりのスマイルを浮かべスキップで訪れた私は、スペイン旅行何度目かはもう覚えていないが、またもやスキップ体勢ののまま凍りついてしまった。
 店の前に大量のイカホモ&熊系が山のようにたむろしていた。数日前の熊系バーBacon Bearでもまったく同じ体験をしたが、ここは周りが住宅街なのでそのイカホモ熊軍団はひときわ目立つ。犬を連れて散歩中のおばちゃんが不思議がって熊軍団に語りかける。
「この騒ぎは何? ヤクザ組長の出所祝い? そのわりにはどことなくファンシーでフェミニンな雰囲気が漂っていて不気味だわね……」
「ひゃだ、あたしたちゲイなのよ! オ・カ・マ! 野郎っぽい男が好きだから身体もヒゲも無理して作り上げてるけど、根っこの乙女は隠しきれなくてにじみ出ちゃうのよね~。おばちゃんも飲んでく?」
「嫌よ! 気持ち悪い! ほら、うちのモモちゃん(犬)もすっかりおびえてるじゃないの!」
 以上の会話は100%想像だが、そんな感じで通りすがりのおばちゃんにもフレンドリーなバルセロナの熊系オカマたち。シッチェスでもそうだったが、スペインのゲイバーは誰にでもウェルカムな雰囲気のようだ。しかし、あの、それだったら、すぐ目の前にいるブサイクな東洋人にもフレンドリーにしてくれないかな……。
 本日は偶然にも半額デイで、混んでいるのはそのせいらしい。目の前にはおそろいで色違いのラガシャツを着た熊系親父と若いイケメンの二人がいて、ハグしたりキスしたりしている……ってどっかで見たなこの景色。と思ったらBacon Bearの半額デイにて見かけたカップルだった。お前らは半額デイばかり狙ってイチャイチャしてんのかこの貧乏人! バーの壁には素人が書いた熊親父の精密画が値段付で飾られている。ド下手がクリエイター気取りか! 才能の無いオカマにありがちだな! 自分の描いた絵でオナニーするのは中学生までにしとけ!
 ひとことも発しないながらも脳内ではありとあらゆる罵詈雑言を繰り広げ、シッチェスでおだやかになった自分が、店を出る頃にはすっかりいつもの殺人鬼の顔に戻っていた。

 

 バルセロナには10軒ほどのゲイサウナがある。前回行ったBrucはフケ専だったが、そういう珍味や場末をのぞくと次の代表的な三つに集約されるらしい。若者中心で一番人気のCasanova、幅広い客層と噂のCorinto、そしてガチムチ、熊系、親父が中心のCondal。バルセロナ四日目の本日は躊躇することなくCondalに行くことにした。
 旧市街であるゴシック地区の入り口あたり、入り組んだ路地にCondalはあった。表は地味でフロントも小ぢんまりだが中は清潔で設備も整っていて、広い。大きなジャグジー、ケツ掘りブランコも完備されたダークエリアもある。誰もいなかったのでケツ掘りブランコを初体験してみた。全裸大股開きの姿でひとりぶらぶら揺られていると、なんだか子宮の頃に戻ったよう……。
 ダークルームには誰もいなかったが、平日の昼間にしては人が多い。客層は幅広いが、やはり熊系やガチムチが目立つ。年代も20代から60代までと幅広いが、30代から50代が中心だろうか。マドリードの熊専サウナPrincipeほどがっちがちの熊中心というわけではなく、館内はPrincipeの倍の広さがあるため、こちらのほうが居心地がいい。
 そしてPrincipeとCondalの違う点。この私が、このブスが、わりかしモテモテなのである!!!!!
 ジャグジーの泡の中でぼんやりしていると、ずんぐりした親父がそばに寄ってくる。バーでサンミゲルを飲んでると、毛むくじゃらの熊男がにじり寄ってくる。廊下をうろうろしてると、スキンヘッドのガチムチが後を追いかけてくる。
 なんで、これがマドリードで起らなかったのか……。不思議なことだが、ハッテン場のモテと日照りは集中して発生し、いい具合に分散するということがない。
 Principeだったらいずれも自分から積極的に乗っかってるタイプだったが、モテると自分のハードルも上がってしまう。「もっといい男が出現するはず!」とあさましい気持ちでさらに徘徊していると、いつものパターンだと最終的に誰も見つからず「妥協しときゃよかった!」と血の涙を流すところなのだが、今回は二枚目口ヒゲで鍛えられたバランスのいい固太り体型という、個人的にはスペインに来て一、二を争う超イケ中年と目が合った。なんですかこのサウナは!
 どちらからともなく目線でたぐりながら、キャビンへと赴く。個室の中でプラカードを持った野呂圭介が待ち構えているのではないかという不安を抱いていたが、そのようなどっきりカメラ的仕掛けはなかった。親父がバスタオルを取る。
 ぎょえええええええ!!!
 今までの統計的に小ぢんまりしたスペイン人のモノを、たったこの一本でその平均値をぐっと水準以上に持ち上げてしまうような巨大な陰茎が出現したのであった。
 斜め45度に屹立したそれは、三つの拳で握ってもさらに亀頭がこんにちはしてしまう感じであり、実際自分の手でノギス計測してみると、広げた親指と中指でも収まりきれず5cm以上はみ出していたので、たぶん30cm近く、25cmは超えていたのだろう。
 私は巨根にこだわりはない。短小も大好きだ。というか、ちんぽならまんべんなくたいてい何でも大好きだ。しかしながらそんな私でさえくわえるのも忘れほれぼれ見入っていると、親父はジェスチャーで語りかけてきた。
「ケツに入れさせろ」
 残念ながら無理です!

 

 結局その親父とは商談不成立となり、徘徊に戻った。マッチョ、ガチムチ、熊デブ、親父。こういった系統が好きな人間には見目麗しいハッテン場である。中でも思わず目を惹かれたのが、立派な太目体型の白髪のヒゲとメガネで典型的な白熊親父……って、こないだフケ専サウナのBrucでデキたおっさんじゃねーか!
 お互いぎこちなく挨拶をする私たち。向こうはこっちを多少気にしてる風だ。いや、まあ、デキてもいいんだけどさ……。ハッテン場でデキた相手にわずか数日後鉢合わせるというのは、実に気まずいもんである。
 どことなく身動き取れない感じで廊下のベンチに腰掛けてると、30代のガチムチが横に来た。スキンヘッドに近い丸坊主、フルフェイスのヒゲ、鍛え上げられた筋肉デブ。イカニモが多いこの場所でも際立ってイカニモ。たぶん今いる客の中では一番本誌受けする物件だろう。
 ベンチの後ろは小さなダークルームだったんでちょっと覗いてみると、イカニモが付いてきた。個人的にイケるというよりも、こんなモテスジにアプローチされるというのはめったにないことなんで、かたじけないと感謝の気持ちでちょっと手を出してみる。先の親父とは逆で、ちんぽは必要以上に小ぢんまりしていた。いやしかし先述したように、私は短小も大好きだ。縮こまったハムスターのごとき手触りもなかなか味わい深いではないか。と、右手ではむはむしていると、先の白熊親父がダークルームにやってきた。
 気まずい。思わずさっと手と身を引いてしまうと、ちんぽ故に拒否られたと思ったのか、イカニモは暗い表情で去っていった……。いや、違うんだけど、ご、ごめん……。
 バーにて本日二本目のサンミゲルを飲んでると、白熊親父が隣に座ってきた。
「今日はいいことあった?」
「いや……(おめーのせいだよ)、そちらは?」
「あ、南米から来たっていうナイスガイとデキたよ」
 ふざけんな!
「本当は今日は君を追いかけてきたんだけど」
 へ?
「君の好みからして、今日あたり80%の確率でここに来てると思ったんだ」
 なんという推理力の高さ。ビンゴである。
「良かったら今から家に来る?」

 

 これだけ海外をウロウロしているというのに、島津ゆたかばりにサウナで会ってサウナで別れてばかりで、現地の男の家に招かれたことがほとんどないのはブスという実力のせいだろうか。そういや日本国内でさえ島津ゆたかだった。しかしまあ、そういった経験がないわけでもない。
 そんな日本海外ひっくるめて数少ない経験の中でも、白熊の家はダントツだった。今まで招かれたゲイの家の中である意味ダントツだったのは、隅田川沿いのブルーテントだったが、それとは真逆でダントツだった。金持ちと断言はできないが、相当なアッパークラスだろう。築100年近いというクラシックなマンションの、何LDKあるんだかわからない一室。20畳は超えるリビングの壁には西洋東洋の古美術書が並び、XJAPANのTOSHIならば「紅だああああああーーー!!!」と絶叫してしまいそうな赤と金で統一されている。と書くと中華風の悪趣味みたいだが、赤といっても正確に言えば「深緋」で、金は遺跡から発掘されたような鈍い輝きで実に趣味がいい。家具は、チベットやネパールから持ち帰ったものや、スペインの古都トレドからのアンティークだという。「フランフランで揃えてみたの」「まあステキ」といったそこらのゲイとはレベルが違いすぎる。当然ダイソーとCAN★DO中心の私などは比較対照にならない。
「何平米あるんですか?」「150くらいかな」
「ひとりで住むには広すぎない?」「まあ、昔結婚してたしね。今はハウスキーパーにまかせてる」
「結婚って、相手は?」「男性」
 知らなかったが、スペインは同性婚が認められている国のひとつだった。
「そういやそいつとは君みたいな感じで知り合ったな」

 

 この後も旅は半月以上続く、と伝えたら「しばらくここにいたら?」と熱心に言われたが、結局断ってしまった。
 そういや今回の旅の目的は「金持ちのイケメンと結婚」であり、これから行くパリへの航空券もバンコクでのストップオーバーも破棄して三週間この親父と一緒に住めば冗談ではなくマジでそういったチャンスも生まれたかもしれないが、正直身分の違いと格差にビビってしまったのと、「いい男と豪華な家で同居」と「自由にひとりで貧乏旅行」の二択を迫られて、自分は後者を選択してしまったのだ。たぶん私は死ぬまでこういう人生なのだろう。
 「パソコンなんていう悪魔の箱は使わない」という白熊からは別れ際に電話番号をもらった。果たして、私がバルセロナに再び来ることはあるのだろうか。
「日本語でお別れの言葉は知ってる。サヨナラだろう?」
「その通り」
「それはグッドバイみたいにただのお別れの挨拶なのか? それともシー・ユー・アゲインの意味もあるのか?」
「ただのお別れだ」
「日本語でシー・ユー・アゲインはなんて言うんだ?」
「また今度、かな」
「マタコンド、か。いい言葉だ。スペイン語にちょっと似ている。それじゃ、また今度」